こんにちは。MIT MediaLabでの学位留学をはじめました、修士1年の吉田貴寿です。
本記事ではちょっと変わった研究所MediaLabの紹介と、そのちょっと変わった入試プロセスについて解説します。科学技術を使ってこんなワクワクする研究をしている人たちがいるんだよ、という雰囲気が伝わると嬉しいです。後半には実際に出願される方に向けたアドバイスをまとめました。
なお、今月末にはMediaLab Ph.D 2年 中垣拳さんが研究の側面をレポートしてくださるので、ぜひそちらもお楽しみに!

・いつ行ったか:2017/9 - 現在
・どこにいるか:MIT Program of Media Arts & Sciences / Master’s Student in Tangible Media Group
・何をやっているか:私たちヒトと形状が変化するモノとのインタラクションデザインに関する研究
・どうやって行ったか:東大修士2年次12月に直接応募→翌2月にSkype面接/合格通知

MediaLabってどんなとこ?
アメリカ東海岸を代表する理系大学マサチューセッツ工科大学(MIT)には、他の大学院とは少し変わったMediaLabという研究所があります。バーチャルリアリティから人工知能、微生物から宇宙開発、ホログラムから植物工場まで、研究室ごとにやっていることは一見するとバラバラで、統一感がないように見えるかもしれません。
でも各分野でトップを走るそれぞれの研究室には、ある共通点があります。人間を中心軸に据えて、テクノロジーを使った新しい未来を提案しているという点です。MediaLab自体がビジョンを共有する1つの大きなコミュニティです。研究室ごとに分野は違うけれど、いや違うからこそ、垣根を越えたコラボレーションが生まれているという点に、僕は魅力を感じています。

(左) MediaLabの建物の新ビルディングE14。右奥にちらり見えるのが旧ビルディングE15。(右)E14正面玄関を入ってすぐの吹き抜けから上を眺めて。

MediaLabには2つの顔があります。1つは研究組織MediaLabとしての顔、もう1つは教育組織Program of Media Arts & Sciences(通称MAS)としての顔です。こちらはMIT建築学部の1部門という扱いになっており、僕ら学生はMASの学生として学生生活を送ることになります。さすがは建築学部というべきか、建物がお台場の科学未来館のようなガラス張りの現代建築になっていて、とてもオープンな雰囲気です。

研究所内を歩いていて楽しいと感じるのは、偶発的なコラボレーションを生み出すための仕掛けが、建物の随所に仕込まれているところです。基本的な構成としては、2つの大きな吹き抜けを囲むようにさまざまな研究室が配置されています。各研究室はフロアをそのまま共有していたり、ガラス張りで中で何が行われているのか見えるようになっており、気がつけば自然と会話や交流が生まれるようになっています。吹き抜けの中心にはソファーや卓球台などのくつろぎスペースがあり、ちょっと設計に行き詰まったときや論文を読みたいときはコーヒーカップ片手に座りに来るのが日課になっています。建築としてのMediaLab探訪についてはこちらのブログで詳しく紹介されているので、ぜひ興味がある方はどうぞ。

建物を設計したの日本人の槇文彦さん。現所長に就任しているのは伊藤所長と、日本人との縁も深い研究所です。把握している範囲では現在、教授陣に2人、学位留学が3人、短期留学プログラムに1人の日本人がいます。他にはスポンサー企業から派遣されてきている訪問研究員として10数人、高校卒業後すぐ渡米してきた若き「野生の研究者」が2人います。研究所から給与もいただきながらチャレンジできる、恵まれた機会が学位留学です。この機会をまずは広く知ってもらい、挑戦する日本人が1人でも増えたらいいなぁと思っています。

MediaLab建物の特徴的なスペースたち。(左上)5Fのオープンスペース。奥には農業のオープン化を目指すopen agricultureのロゴとポータブル植物工場の姿が見える。(左下)3FのTangible Media Groupの研究展示スペース。(右)吹き抜けの3Fアトリウムを4Fから眺める。

MediaLabの面白いところは、各研究室をLaboratoryではなくGroupという名前で呼ぶところにあると思っています。各グループごとに尖った専門性を示す特徴的な2単語+Groupという特徴的なフォーマットで、それぞれのグループの独自性をアピールしています。
例えば、触れるインタフェースについて研究しているTangible Media Group、遊びを通じた学びを考えるLifelong Kindergarten Group、人間の情動にコンピュータを通じて働きかけるAffective Computing Group、都市生活を科学の視点で捉えるCity Science Group、自然物にインスパイアされた人工物を考えるMediated Matter Group、コンピュータの目を駆使するCamera Culture Group、宇宙を身近にするSpace Enabled Groupなど。20を超えるグループがMediaLabの中で活動しています。
ここまでの数例を見てもわかるように研究室ごとに全く異なったテーマを扱っています。MediaLabには、他の学部では収まらない研究室を集めるという方針があるという話も聞きます。他と違っているだけ、単に斜に構えているだけ、だと自己満足で終わってしまうように感じると思いますが、この点についてはMITにあるという”地の利”が存分に生かされていると感じます。ライバル研究室や共同研究先をMIT内の他の学部に持っているおかげで、各グループが専門的にも高い競争力を維持しながら、学際的な横のつながりも確保しているのだと感じています。

MediaLabを歩いて出会える研究作品の一例。(左上)City Science GroupからプロジェクションマッピングとLEGO模型を組み合わせた都市計画シミュレータ (右上) City Science Groupから次世代自動車の模型 (左下)Lifelong Kindergarten Groupからオンラインプログラミング学習ツールのマスコットとして有名なScratch CatのLEGO像(右下) Mediated Matter Groupから自走式3Dプリンタによって地面から上に向かって造形された竹林のような中空筒の作品

ちなみに余談ですが、MediaLabの公式ロゴマークをご存知でしょうか?MediaLabと各研究グループはそれぞれ独自のロゴマークを持っています。こうしたグループの多様性を包み込みつつも統一感をだすために、7x7の正方形グリッドをベースにしたロゴが提供されています。実はこの記事をスクロールして最上部にあるロゴマークは自分のイニシャルTYをこのガイドラインに沿って作ってたものです。形からも気持ちを入れていくタイプなので笑、シールを作って自分のMacBookにも貼っています。余白部分が握った手の形に見えるのもお気に入りポイントです。

さて、メディアラボには毎年40名ほどの学生が入学しますが、グループごとの多様性を反映していることもあり、その経歴はとても多様です。同期をみると学部から直接入ってくる学生は稀で、前職も宇宙工学や義手製作や高校教諭と様々です。
個人的に会えてびっくりしたのは、DisneyのImagineerやMagicLeapのEngineerです。「ああ、噂じゃなくて本当に存在するんだなぁ」とツチノコと遭遇した人のような気持ちになりました。MIT全体では世界の人口動態をそのまま反映してかアジア系が多い気がしますが、MediaLabではややヨーロッパ色が強めといった印象を受けますね。日本人は2年から3年に1人という感じでしょうか。

現在、僕はIshii教授が率いるTangible Media Groupに所属しています。人間と計算機の新しい対話方式を考えるHuman Computer Interaction(HCI)という分野で、新しいインタラクションを提案しているグループです。HCIという分野では、古くには、計算機に何かを教えてあげるためのマウスやキーボード、計算機から何かを教えてもらうためのディスプレイなどを生み出してきました。みなさんがこの記事にアクセスできていることからもわかるように、2017年現在、これらのデバイスはまだまだ一般的な機器です。しかしそれが100年後の人類にとっても使われているデバイスかはわかりません。
たとえば最近では、これらに取って代わりうる新たな入出力デバイス(言い換えれば「コンピュータと対話する」ための装置)として、腕時計型ウェアラブルデバイスや頭に装着するVRゴーグルなどの様々なインタフェースが出てきています。どんなデバイスを使うことでどんな風に情報を操作閲覧編集etc.することができるのか、MediaLabではこうしたHCI分野の研究が盛んに行われています。興味ある方は他にFluid Interface Group, Object Based Media Group, Responsive Environment Groupなどを参照されてください。Tangible Media GroupはこのようなHCI領域において、1990年代から様々な研究を行っています。

Tangible Media Groupの来客用スペースに展示されている研究作品より抜粋。簡単な説明は本文参照のこと。(左上)cilllia (右上) TRANSFORM (左下)BioLogic (右下) SandScape

Tangible Media Groupで行われてる研究をいくつか紹介します。砂のお城を作るように手を使って直感的に3Dモデルを編集することができるSandScapeや、机の表面がさざなみ立つように動きだして触れる立体を表示するディスプレイTRANSFORM、微生物をマイクロアクチュエータとして布素材に埋め込むことで湿度に応じて形が変化し通気性を自動調節してくれる服BioLogic、自然なふわふわした毛をデザインして3Dプリンタで出力できる手法cillliaなどがあります。ボストンまで見学に来るのは大変だと思いますが、研究紹介のビデオがすごくかっこいいので、ぜひお時間あるときに見てください。
私たちが暮らしている物理世界と私たちが直接触れることができない情報世界。2つの世界の良いところを組み合わせて、人間とモノとの新しい付き合い方(インタラクション)をデザインしよう、というのが研究室のプロジェクトに通底するビジョンです。コンピュータそのものの研究ではなく、コンピュータの力を借りて物理的なモノそのものに新しい嬉しい機能をもたせようというのがポイントです。Ishii教授はこのビジョンをTangible Bits & Radical Atomsと呼んでいます。私自身の研究テーマはまさにディスカッションを通じて絞り込んでいるところです。もう少し待っていて下さい。


授業については各学期に2コマずつ履修するのが一般的です。一般的な座学の授業もありますが、個人やグループで手を動かすプロジェクト型の授業にMediaLabの特徴があると感じます。
たとえば、”How To Make (Almost) Anything”というモノづくりの筋肉を徹底的に鍛えてくれるFabricationの授業があります。東大にいた時代から受けたかった授業です。タイトルの通り、「(ほとんど)なんでも作る方法」という授業です。
3Dプリントやレーザーカッターのみならず、電子基板の設計製造や鋳物、気づいたら溶接が出来るようになっていました。写真にあるのは大型CNCを扱った週の”Something Big”という課題の様子です。大きな板を切削できるドリルの使い方を教わって、後は自由に習作を作って来てね、というのが授業の流れです。僕は赤ワインが好きなのでボトルの形をしたワインラックをデザインして作ったのですが、グループの同期Yunは実際に乗れちゃう自転車を仕上げてきました。

(左) 授業 How To Make (Almost) Anythingの毎週はじめに行われる作品講評の様子。この週のお題は板材を大型CNCで加工して”Something Big”を作れ、というなんともざっくりとしたお題。(右) MediaLabの1Fアトリエにて同期のYunと。


そんな感じで、毎週の授業自体はHOWを扱うのですが、WHATの部分が完全に開かれているおかげで毎週の制作報告はさながら作品発表会です。個人的なSomething Big回のイチオシは、人間の身長よりも大きいUSBメモリ(専用のコネクタ付きで実際にPCで使える)ですかね。ちょっとクリエイティブ的に負けてる気がして悔しいです。すぐ役に立つもの売れるもの、みたいな制約がないからこそアイデアそのものの面白さが評価されるのは、シビアながらに楽しいと思いました。藝大の友人に話したらわりと共感してもらえたので、理系と美術系の融合授業といえるかもしれません。
1週間ごとにお題が変わるので、それはもうめまぐるしいような1学期でした。しかし締切に追われながらも毎週作品を考えるというプロセスのお陰で、「もしかして勉強しながら頑張ればわりとなんでも作れるんじゃないか?」という錯覚にも似た自信が芽生えてきたのも事実です。これだけモノを作って、最終的に残ったのはマインドセットである、という点が個人的に面白い授業です。(個人の感想ですが)
ほかに、"Tangible Interface"というインタラクションデザインの授業では、MediaLabの学生以外に、HarvardのデザインスクールやMITやTuftsのアートスクールの学生とチームを組んで、新しいインタラクションの提案とそれを実現するデバイスの開発を行っています。そんなクリエイティブな授業の詳細については、こちらの雑誌記事でも紹介しているので興味ある方はぜひどうぞ。
他にMediaLabで生活していて良いなぁと思うところは、研究者の「胃袋」をがっつりと掴みに来ているところです。
MediaLabのくつろぎソファスペースの奥には、フリーフード(要するにタダ飯)が湧く泉のような場所があります。外部企業とのミーティングや大小さまざまなカンファレンスが毎日のように行われるMediaLabでは、会場で提供された後に消費されきらなかったご飯が集まる場所があります。ここにはFoodCamと呼ばれるボタンとカメラが設置され、ご飯を運んできた人がボタンを押すとそのメニューの写真が撮影され、自動でMediaLab全体のメーリスとSlack(チャットツールの1つ)に通知が行くという素晴らしく先進的な仕組みが整っています。すっかり餌付けをされてしまったので、Slackの通知音を確認するや否や、とりあえずFoodCamを見に行く習慣ができてしまっています。
日本の博士の友人と話すとすぐ寿司の話題になりますが、こっちの大学院生の食べ物への欲望も負けていないです。先ほど紹介したhow to makeという授業に”Machine Design”という「1週間でなんか動くマシンを設計して制作しよう」という(これまたざっくりとしたお題の)グループワークがありました。その回で僕らが作ったのは、自動でパンケーキを作ってくれるパンケーキマシン。好きな画像をアップロードするとその形のパンケーキが出てくるマシンです。結局途中で動かなくなってしまったので、最後はみんなで普通にパンケーキを楽しんだというオチも付いています。
もちろん正直なところをいえば、学内ローソンという素晴らしいお店が近くにあった東大の方が便利です。いまでも深夜の実験で疲れてきたときに、「あー、プレミアムチョコロールケーキが食べたいなー」という禁断症状に襲われることもありますが、建物内に充実の自動販売機があったり、10分歩けばStudentCenterという24時間開いている購買でお菓子が買えたり、という環境はかなり恵まれてる方と言えるのかもしれません。
人によってはアメリカのご飯自体が合わないという人もいるようですが、量が多すぎるという点を除いて、個人的には満足の行く範囲かなと思っています。やはりご飯をたべないと研究どころの騒ぎではなくなってしまうので、食事情に満足しているかどうかというのは重要な指標だと感じます。

(左) フリーフードが湧き出るFoodCamに集まって小腹を満たす。 (右)設計から組み立てまでフルスクラッチで行った自動パンケーキマシン”Makey Cakey”を使って普通にパンケーキパーティを始める学生たち。

ここまでご紹介したようにクリエイティブ、プロジェクト、コラボレーション、フリーフードなどがMediaLabを表すキーワードになっていると思います。もっと詳しく知りたい方のために、ちょっとだけ参考資料を紹介(宣伝)させていただきます。
実は本記事の公開と同じ日に(!)、教育雑誌のプレジデントファミリーさんに取材いただいた記事が出版されました。4Pの特集記事でクリエイティブな授業やプロダクトを通じてMediaLabの雰囲気を伝える記事で、「世界最先端のワクワクが生まれる場所 MITメディアラボ探検記」というタイトルをつけていただきました。元気のないニュースも多い最近ですが、僕自身が良い研究者となるよう死ぬ気で努力すると同時に、科学や研究に興味を持ってくれる人が増えればいいなぁと思っています。
こちらにkindleリンクを貼っておくので、この文章を読んで興味をもって頂けたら、ぜひ読んでみて下さい!基本的には教育情報誌なので小学生の子を持つ親御さんがターゲットということですが、アメリカ留学を考えている方、MediaLabに興味のある方はこの記事のためだけに買っても損はない保存版だと思います[PR]。

教育雑誌プレジデントファミリー2018年1月号より特集記事「世界最先端のワクワクが生まれる場所 MITメディアラボ探検記」が出ました!

さて、わくわくする紹介の最後に少しだけ、ちょっとぴりりなお金の話をします。大学院生の台所事情です。
MediaLabの学生は入学と同時にResearch Assistant(RA)という職員として雇用されます。これにより月30万円ちょっとのお給料を頂いています。同時に授業料の支払いも免除されるため、年額にすると900万円近いサポートを大学から頂いていることになります。アメリカ都市部の物価高を考えると”まったく”贅沢はできません。でも就職後に稼いでから大学院に戻ってきたり、子供を養いながら進学したりという選択肢が、十分現実的なものとして捉えられていることがよくわかります。
僕らは夢とかすみだけを食べて生きていけません。日本の大学院生を取り巻く環境は、金銭的にも社会的にも改善の余地があるものだと言われています。この話でいつも考えるのは、もしまだ科学が貴族の道楽であった時代、たとえば17世紀ヨーロッパに農民の子に生まれていたら、自分は科学者を志ざせただろうか、ということです。職業選択が自由にできなかった時代と比べれば、21世紀日本の独立家計院生ライフというのは、まだ個人の努力でなんとかできる範囲でしょう。とはいえ、それでもなかなかやりごたえある”縛りプレイ”であったことは否めず、掛け値なしにおすすめしづらい選択肢なのも確かです。「結局、お前の”好き”はその程度だったのか」という発言が飛び出てくる風潮、素直にもったいないですね。
誰も知らないコトを見つけたり見たことないものをモノを作ったりできる、科学や研究の民主化を進める手伝いがしたいです。私の生まれた地域を含めて、科学者という仕事やその内容も、まだあまり知られていないように思います。科学という営みや研究者という仕事が、才能居住地文化資本etc.によらず、みんなに開かれたものとして受け止められるにはどうしたらいいのか。社会に開かれた研究プロジェクトも多いMediaLabで、こうした科学の民主化を進めるヒントを見つけて、いずれ持ち帰りたいと思います。
MediaLabにはいるには?
さて、ここからは特筆すべきMediaLab特有の入試プロセスについて記します。MediaLabが多様な学生を集めているヒミツがここにあると思います。

まずさくっと前提知識ですが、通常の大学院留学では次の6種の神器を揃える必要があります。いわゆるGPA(成績証明)、SoP(志望動機書)、推薦状3通、TOEFL(英語力証明)、CV(履歴書)、GRE(学力試験)ですね。どれも時間がかかるものばかりです。必須ではないものの7つ目の「奨学金」が加わると、大学の負担軽減だけでなく一定の能力の証明として有利に働くのは間違いないと思います。
MediaLabでは6種の神器のうち2つに大きな違いあります。まず1つ目はTOEFLではなくIELTSが課されるという点です。アメリカの大学でIELTSというのは比較的珍しいですね。併願を考える人は少しだけ大変かもしれないですが、ゴールが具体的なので淡々と対策するだけだと思います。
2つ目はMediaLabではGREという学力試験を受けなくて良いという点です。これは驚くべきことで、例えるならば東大を目指す高校生なのに普通みんなが受けているはずのセンター試験が免除されているようなものです。色んな留学ブログを読むとわかりますが、GREは試験の難しさよりも受験の不便さが印象的で「やばい、東京会場が埋まってて、沖縄で受けないと!」と泣きながら慌てて飛行機を予約する人が後を絶たない試験のイメージがあります。※あくまでイメージです。
私は専願受験をするとを決めていたため、GREを経験せずに済んだのは大きく心の平穏と時間の余裕につながりました。しかしながら、その代わりにMediaLabの入試を決定的に特徴づける次の資料の作成/提出を求められることになります。

それが「ポートフォリオ」と呼ばれる作品集の提出です。理系文系の大学生には馴染みが薄い言葉かもしれませんが、美術系/建築系の友人からはよく聞く単語です。個人の過去の作品/制作物/業績をWebサイトとしてまとめ、ポートフォリオサイトへのURLを提出します。研究者/クリエイターとして今までどんな活動をしてきたのか、研究/作品をまたがって流れているテーマが何か、グループに加わった後にどんな活躍をしてくれそうか。審査する人に伝わることを目指します。
たとえば志望する研究室の院生のポートフォリオを探し出して傾向をあぶり出したり、ポートフォリオサイトを持っている友人を作ってコメントをもらったり、事情を知らない学科の友人に見せてどう感じるか聞いてみるなどが良いと思います。参考までに、僕が一番感銘を受けた研究室の同期、Kyung Yun Choiのポートフォリオをご紹介します。将来の夢はメタモンの開発と宇宙飛行士だという、ロボティクス/宇宙工学/アートに強いルネッサンスなガールです。
このようなポートフォリオの話をバリバリの工学畑の方としていて勘違いされがちなのは、単に見てくれを良くするという”浅い”意味でのデザインが求められているのではないということです。「自分がどうなりたいか」「それを余すことなく伝えるにはどうすればよいか」を考えて、それを最大限伝わるよう工夫します。特にMITクラスだと成績や語学力では上方向に差がつかないため、業績なりスキルなり思想なりの差別化戦略を立てる必要があります。
僕のオススメは、自分にキャッチコピーをつけてみて、知らない人が提出書類をぱらっと眺めただけでそのコピーを読み解けるか考えてみる方法です。多忙な教授が数百人の書類を見なければいけない事情を考えてみると、「○○で☆☆な××さん」という1言に昇華された印象に残る必要があるんじゃないか、というのがぼくの仮説です。何回かこれを繰り返して、読む人のキモチをデザインしていくと良いかもしれません(なんだか広告代理店のインターン課題みたいですね)

選考プロセスについてもう1つ知っておくと良いと思うのは、MediaLabの入試では、自分の志望するたった1人の先生からOKが貰えれば合格である、という点です。これは東大のように全員共通の筆記試験と面接試験を一定の規準でクリアすることが課されている試験との大きな違いだと感じます。(情報学環などは比較的近い入試スタイルかもしれません。)その教授がどんな研究を進めていてどんな進めていて学生を取りたいと思っているのか徹底的にリサーチするのが良いと思います。ここでも自分なりの仮説が立てば、主要論文を一通り読むなりその研究室が発表する学会に参加するなりメールを投げて問い合わせるなりアポを取って直接お話を伺いに行くなり、自ずと取るべき方法が見えてくると思います。

さて、留学を考えているあなたが次にやるべきことは、この記事のような2次ソースを飛び出して、MediaLabのWebサイトのApplicationのページをくまなく読むことです。1次ソースを読み込んで、それから色んな人に体験談やアドバイスを求めに行くと良いと思います。特にMediaLabの入試プロセスでは頭を動かすのと同じかそれ以上に、手と足を動かして情報を集めることが大事です。興味がある方がいらっしゃいましたら、ご気軽にtakatoshi_jpn@gmail.comまでご連絡ください。
わたしの場合
ここまでで、MediaLabに入るには、個性とその伝え方が大事なんじゃないかな、という話をしました。そのため合格者は文字通り40人40色、合格者の平均像というものがおよそ存在しないと言えるでしょう。
とはいえ、後に続く人としては何も事例が無いのも役に立たないのも確かです。自分の入試のときも、学位留学の目線で発信された情報が少なくて困ったのを思い出します。最近聞かれることが多いのでサンプルケースとして自己紹介を書いておきます。なお、この節は出願しない方が読んでも特に役に立たないと思うので、次節まで適当に読み飛ばしてください。
他にWebでアクセスできる情報としては、2012に合格された生駒さんのレポートがありますので、興味ある方は併せて参考にされて下さい。


略歴は東大理物(学士)→東大情理システム(修士)→MIT MAS(修士)です。半年間だけ同専攻の博士課程に進み、学振DC1の特別研究員として働いた後にボストンへと移りました。
中学時代に読んでいたニュートンとブルーバックスに育てられて物理に興味を持ち、高校時代に参加した高エネルギー加速器研究機構の研修で素粒子物理を志し、そのまま東大の物理学教室へ進んだ典型的な物理学徒です。特に素粒子実験に興味があり、宇宙線ミューオンを利用して室内でチェレンコフ光を観測できる装置開発などをしていました。
人間の知覚世界を広げる学問として物理を学ぶと同時に、ナマの人間の知覚が空間時間温度波長エネルギーetc.的にどれほど限られているかを思い知り、そこにある種の”もったいなさ”や"もどかしさ"を感じるようになりました。でも逆に、人間の知覚能力が限られているからこそできることがあるんじゃないかと考えて、試行錯誤するうちに出会ったのが、まさに今いるHCI分野であり、MediaLabの研究たちでした。
こんな風に「人間を抜きにしても成立する科学」から「人間を込みにして初めて成立する科学」をやりたいなと思い、今の時代なら計算機科学を軸足に置くのが1番良さそうだなと考えて、大学院からは情報理工へと大きく舵を切りました。
高速画像処理とその応用システム開発で世界トップをひた走る石川渡辺研究室にて多くのことを学ばせて頂きました。画像処理という分野は物理世界のフォトンと情報世界のピクセルの界面にあり、ナマの人間が体験しておもしろいと思う研究がたくさんあります。有名な勝率100%のじゃんけんロボットも、高速なフレームレートという量的な違いが人間にとって「絶対に勝てない!」という質の違いに転換されている点がとても面白く、大好きな研究の1つです。
自分の修士研究では、本物と見分けがつかないくらいリアルな立体映像を出せるディスプレイを目標に、ふわふわの毛糸などのリアルな素材の質感を再現できるPhyxelというディスプレイの研究を行いました。人間の目は高速な光の点滅を認識できないというある種の「限界」に注目して、リアルな素材が動いてみえるという新しい体験をつくっています[Ph]。また、学部でやっていないビハインドのあるHCI分野についての経験を積むべく、不定期で筑波大学の落合研究室に出入りさせていただきました。空中/水中ディスプレイのプロジェクトにかかわらせていただいたほか、物理現象(eg. laser induced plasma)を人間にとっての嬉しさ(eg. aerial tangible imagery)に転換する発想法など、とにかくたくさんのことを見て盗ませていただきました(※ちなみに僕はレトルトカレーは温めてごはんと一緒に食べる派です)
ほかには東大や美大の友人とものづくりコミュニティUT-HACKsをつくり、大学近くにアトリエ(という名前アパートの一室)を借りたり科学館に作品を展示していただいたり色んなワークショップやハッカソンに挑戦したりと、バラエティに富んだスーパーな仲間たちと実に様々な活動をさせてもらいました。また科学と人間のコミュニケーションと言う観点からは、科学番組の監修出演や実験教室の開催をしました。研究者としての専門性の確立と、広く伝えるコミュニケーションの両立は必ずしも簡単な道ではなさそうですが、地道にライフワークとしてやっていこうと思います。

......と、以上のような話を物理発想・ディスプレイ開発・人間の知覚・コミュニケーションなどの観点から書類へまとめなおし、出願に至りました。MediaLab出願の際には、3つまで研究グループを志望することができます。スキルのマッチを持ってCamera Culture Groupへ、またビジョンのマッチを持ってTangible Media Groupへ応募しました。
その後、Tangible MediaからのSkypeインタビューの連絡をいただき、今に至ります。インタラクションデザインに真正面から取り組むのは初めてなので、何が出来るか不安とわくわくでいっぱいです。今はワンピースで言えば新しい島でログポースを溜めはじめたところです。次に針がどんな方向を指すかを楽しみに、日々修行を積んでいきます。
おわりに - Give A Shot! -

海外留学は不確実のかたまりです。でも1つだけ確実なことがあります。
トップスクール留学だと出願しても99%で落ちることがありますが、出願しなければ100%で落ちます。当たり前のようですが、これが本当に大変なのです。
留学後活躍できる保証もないし、合格率はものすごく低いし、そもそも出願のハードルが高すぎます。何度も心を折られましたが、そのたびに色んな人に助けてもらって、やっとの思いで出願のボタンをクリックするところまでたどり着きました。本当に運と縁に恵まれました。みなさんの留学したいという気持ちが、まずは無事に願書に変わることを、本当に祈っています。

受け入れてくれたTangible Media Groupの皆さん、留学を後押ししてくださった先生方(特に石川先生、渡辺先生、稲見先生、中澤先生、川原先生、落合先生)、彼女と友人と家族、そして勇気を出して最初の相談メールを出した学部4年の自分にもありがとうと言いたいです。とはいえ、ここからが本当の始まりなのでしっかり成果を出していきます。
以上、読んでくださってありがとうございました。興味がある方がいらっしゃいましたら、ご気軽にtakatoshi_jpn@gmail.comまでご連絡ください。
それでは、やっていきましょう!

[PR] 吉田貴寿, "世界最先端のワクワクが生まれる場所MITメディアラボ探検記", プレジデントFamily (ファミリー) , 2018年 1月号
[Ph] Takatoshi Yoshida, Yoshihiro Watanabe, and Masatoshi Ishikawa. 2016. Phyxel: Realistic Display of Shape and Appearance using Physical Objects with High-speed Pixelated Lighting. In Proceedings of the 29th Annual Symposium on User Interface Software and Technology (UIST '16). ACM, New York, NY, USA, 453-460.
[Photo Credits] Katsuhiro Nakata, Maki Yoshida

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